本泉寺 埼玉県八潮市 /日蓮宗、葬儀、法事、水子供養、祈祷







本泉寺の紹介

妙福山 本泉寺は身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗の寺院です。
日蓮宗本山 平賀本土寺の末寺として創建されました。
寛永4年(1627年)開山上人である日体上人(院号不祥)が八条領二丁目村(現在の八潮市二丁目)に庵を結ばれました。 後に第2世となる本壽院日脩上人常住の頃には、篤信であった恩田加右衛門尉の力添えを得て寺院としての基礎が築かれました。
明暦3年(1657年)には平賀本土寺 第二十世 守玄院日誠上人を招き、日蓮大聖人の御尊像を開眼し奉安した事から、平賀本土寺末 妙福山 本泉寺と号するようになりました。
本堂には明暦開眼の祖師像を始め、願満地蔵菩薩像、鬼形鬼子母大尊神像、子安鬼子母大尊神像、大黒福壽尊天像など、當山を守護する仏像が安置されています。


本堂には日蓮宗寺院にはあまり見られないお地蔵様が安置されています。
江戸時代中期、宝永年間の頃、古利根川(現在の中川)氾濫の折、水の引いた山門前にお地蔵様が流れ着いていたのを當山5世妙境院日観上人が発見し、 本泉寺守護の菩薩として本堂に安置したのが始まりとされています。
安政年間の頃には、八條村の恩田某が商売繁盛の願をかけた所、たちまちに叶い、財を成したことから財福授与のお地蔵様として信仰を集めました。
また、明治時代から大正時代にかけては子授けのお地蔵様としても信仰され、人々の願いを満たすお地蔵様として「願満のお地蔵さま」と呼ばれるようになりました。
現在でも商売繁盛はもとより、当病平癒、良縁成就、子宝成就、安産祈願など様々な願かけをされる参拝者が後を絶ちません。


大黒天は「大古久」「大去垢」「大己貴」とも呼ばれ、貿易の神、生産の神、福徳の神として広く崇められてきました。宗祖日蓮大聖人も弟子や信徒達に大黒天を供養する事を勧められ、「大黒天神を信ずる者は現世安穏福祐自在疑いなし」と教えられ、また「毎月毎日信ずる事成り難きものは甲子に供物を調え御祭祀あるべき者也」とも仰せられ、甲子の日に供養するだけでも大黒天の御利益にあずかれることを説かれています。
本泉寺では年に6度の甲子の日に大黒天神祭を行っています。

大黒天神祭の時に子大黒のお授けを行っております。詳しくはコチラ



◆新年祝祷会         (1月1日)
◆新年祈祷会         (1月第1日曜日)
◆春季彼岸会         (3月彼岸中日前後)
◆願満地蔵尊大祭      (3月28日)
◆合同水子供養祭      (4月第2日曜日)
◆焙烙灸            (土用の丑の日)
◆施餓鬼会・灯篭供養祭  (8月第1日曜日)
◆秋季彼岸会         (9月彼岸中日前後)
◆御会式            (10月12日)
◆大黒天神祭         (甲子日)